流産となってしまいました。

2週間ぐらい前から「だめかもしれない」って感じで、仕事も散々休んだんですが、クリスマスも終わった日、子宮の変形・流産が始まりました。

前処置に使った笑気ガスはまったく効きませんでした。
(あきぞうに「酒の強い人は効かないらしいよ」と言われてしまった。そうかも。)

おかげでものすごく痛かった。
出産する時って、これがさらに何倍かになるのかな。
そんな感じの痛みでした。

次の日(今日)に使ったのはラボナール。
看護師さんがラボナールの入ったシリンジをさくらの点滴にセットし、

「じゃ、さくらさん。ゆーっくり10まで数えてください。」

おう、そうか。10まで行かないうちにきっと眠くなるのね。

「い〜ち、に〜ぃ、さぁ〜ん、しぃ〜い、ごぉ〜お、ろぉ〜く、しぃ〜ち、はぁ〜ち、きゅ〜う、じゅ〜う」

…別に何ともない。
眠くもない。
どうしようかな。
いきなり始まっても困るな。
向こうのほうで「もう寝た〜?」とか言ってるの聞こえるけど、あれってさくらのことかな。
10までって言ったしな。

…………困ったな…………

「じゅ〜いち、じゅ〜に、じゅ〜さん…」

15ぐらいまで数えたと思うんですが、眠くなるわけでもないのに、ぷつっと電源が切れるように意識が消えました。

次に目が覚めたときは病室で、旦那が隣で年賀状を書いていました。

赤ちゃんのいるべき袋は子宮内にあったようですが、袋の中はからっぽだったそうです。

2週間ぐらい「多分だめだろう」という状態が続いていたんである程度覚悟はできてたんですが、やっぱり決定打を打たれた瞬間はかなりショックでした。
旦那は今日、午前中の仕事の予定だったんですが、休んで一緒に来てくれました。

はじめは休ませるのが申し訳なかったので、さくらも「大丈夫だよ。仕事行ってきなよ」と言ってたんですが、今考えると、誰もいない病室で目が覚めるよりも、旦那がいてくれてよかったと思ってます。

「今日は何もしないように」という医師の指示が守れるよう、ご飯の準備も片付けも、そのたもろもろは全部旦那がやってくれました。
(さくらはこっそり洗濯物を取り込んで怒られた)

 
 
そんなわけで、さくらは「母親」にはなれませんでした。
 
 

今回一番頼もしかったのは、実家のさくら母の言葉でした。

「丈夫な子だったら何やったって何とか生まれてくるけど、だめな時って何やってもだめなのよ。仕方のないこともあるのよ。」と。

もともとさくらはそんなにくよくよ思い悩むようなタイプでもないのですが、この母親の言葉で多少の諦めがつきました。
 
 

そして今回、散々わがままを言い続けたさくらをあたたかく見守ってくれて、わがままを聞いてくれて、さくらを支えてくれた旦那にもすごく感謝しています。

この人と結婚してよかったなと思いました。

 
それから、「袋の中はからっぽだった」と言われて、
もし万が一生きていたらどうしようとか、
オペ中って胎児も苦しいのかなとか、
痛い思いさせたらかわいそうだとか、
そんないろんな心配がいらなかったことがわかって
少しほっとしました。

これだけでもだいぶ立ち直れました。
 

私のおなかを選んで宿ってみたけど、

「やっぱりやーめた」

と、どこかへいってしまったのでしょうか。
そうだったらいいんだけどな。

と、非科学的だけど、そう思い込むことにしました。

 
今日で、さくらの妊娠生活は終わりました。

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